日本南アジア学会

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これまでの受賞者

2015年度(第5回)日本南アジア学会賞の受賞者発表

東京大学で開催された第28回大会の会員総会において、第5回目の学会賞が審査員長の山下博司氏より発表されました。4名の受賞者には賞状と副賞が押川文子理事長より授与されました。おめでとうございます。

Kiyokazu OKITA(置田清和)Hindu Theology in Early Modern South Asia: Rise of Devotionalism and Politics of Genealogy, Oxford University Press, 2014

Yuki OHARA(小原優貴) “Examining the Legitimacy of Unrecognized Low-fee Private Schools in India: Comparing Different Perspectives”, Compare, vol.42, no.1, Jan. 2012

鈴木晋介『つながりのジャーティヤ ―スリランカの民族とカースト―』法蔵館、2013年

拓 徹「カシミールの禁酒運動はどう伝えられたか ―1980年代初頭インドの新聞報道とセキュラリズム―」、『南アジア研究』第25号、2013年

【受賞式の模様(2015年9月26日)】

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審査委員長の山下氏より発表

壇上に上がる受賞者の皆様
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置田氏小原氏
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鈴木氏拓氏

受賞理由

Kiyokazu OKITA(置田清和)Hindu Theology in Early Modern South Asia: Rise of Devotionalism and Politics of Genealogy, Oxford University Press, 2014
 本書は、18世紀北インドのヴィシュヌ派ガウディーヤ派の宗教思想家バラデーヴァによる『ブラフマ・スートラ』の註、及び関連するヴァイシュナヴァの師資相承の問題を取り上げたもので、18世紀ジャイプルを都としたジャイスィン2世からの介入に対し、バラデーヴァが思想的にどのように理論武装して臨んだのかを神学的議論を中心に解明している。
 方法論的には、歴史社会の文脈を踏まえつつ、サンスクリット文献学の手法に基づき、刊行されているテクストを批判的に検討している。その厳密さにより、著書に高い完成度を付与している。
 日本におけるインド思想史研究では、比較的古い時代(古代~中世)に解明の重点が置かれ、近代から現代にかけての動きについて国外における研究の進展から取り残されてきた感がある。そうした欠落を埋めるという意味からも、本研究の意義は大きい。純粋な文献学的方法を踏まえ、当時の社会的文脈との関連を論じているという点でも独創性が高い。さらに、古代から中世へという古典語(古代インド・アーリヤ語)による文献学の流れと、現代から近代さらにそれ以前へという近代インド・アーリヤ語を用いた研究の流れとの間に生じていた研究の間隙を、古典学の方法を以て18世紀の時代状況に降って、宗教への政治からの介入とせめぎ合いを思想史的観点から生き生きと追究し得ているのは高く評価できる。近代思想が興る前夜のヴェーダーンタ思想またはサンスクリット的「知」のあり方を社会的事例との関連で掘り起こした意義も大きい。
 以上により、本作品をその水準、潜在的可能性等に照らし、日本南アジア学会賞にふさわしいものと評価することで審査員全員の意見の一致を見た。

Yuki OHARA(小原優貴) “Examining the Legitimacy of Unrecognized Low-fee Private Schools in India: Comparing Different Perspectives”, Compare, vol.42, no.1, Jan. 2012
 2006年にデリーの無許可学校に対してソーシャル・ジュリスト(NGO)が教育設備、教員保有資格、教員給与等を満たしていないため非合法であるとして、閉鎖を求める公益訴訟を提起した。これに対しデリー私立学校協会は、子供の教育権は、教育資格を有していないが「献身的な教員」によって保障されており、「実態としての正当性」を有していると主張した。本論文は、「法的正当性」対「実態としての正当性」という観点から、デリーの無許可学校をめぐる裁判記録を詳細に検討したものである。さらに本論文では、デリー・シャードラ地区で展開されている無許可学校9校の経営者、教員、保護者への聞き取り調査を行い、結果を分析している。結果は実にさまざまであるが、いずれにせよ無許可学校は公教育制度内外の多様なアクターに何らかの利益をもたらし、そのことによって各アクターから支持を得て、「実態としての正当性」を獲得し、拡大してきたことを解明している。
 本論文は、無許可学校がさまざまな欠点や問題点を含みながらも存続・増加している背景を明らかにし、そのことによってインドの公教育制度の欠陥、ひいてはインド教育制度の歪みをあぶりだすことに成功している。
 以上により、本作品をその水準、潜在的可能性等に照らし、日本南アジア学会賞にふさわしいものと評価することで審査員全員の意見の一致を見た。

鈴木晋介『つながりのジャーティヤ ―スリランカの民族とカースト―』法蔵館、2013年
 本書はスリランカ中央高地西部のプランテーションで働くタミル人に関する民族誌と考察である。彼らは19世紀南インドからの労働移民の子孫で、エステート・タミルと呼ばれる。関連の先行研究は少なく、本書は先駆的な意義をもつ。著者はエステートの場における実践と論理を、ジャーティヤをキーワードとして考察し、「民族」「カースト」「アイデンティティ」という既存の概念を解体して新しい視座から理解しようと試みる。隣村のシンハラ人社会についても詳細な調査を行い、エステート・タミルとの関係性や階層性を通じて差異の表象や言説を分析し、民族やカーストの概念を無化していく人々の実態に迫る。ジャーティヤは、「生活世界」での人間のまとまりの認識と実践、あるいは人間の集まりに一定の枠組みを与える分類体系とでも呼ぶべきものである。考察には修辞学の用語を使っての分析がなされる。つまり、研究対象の人々を、我々がしばしば用いて来た提喩の論理に基づく「括り」のアイデンティティではなく、換喩や隠喩の論理による「つながり」「まとまり」として把握する方法である。安易なアイデンティティ論や外側からの概念や図式へのあてはめではなく、現地の人々の言語や実践の読み解きによる人間理解に挑戦している。本書は、単なる事例研究を越えて、宗教や民族や階層といった用語を安易に使って一般化して他者理解をする傾向が強い現代社会への警鐘となり、かつ現代の移動や移住あるいはプランテーションの研究にも大きな影響力を持ち得よう。
 以上により、本作品をその水準、潜在的可能性等に照らし、日本南アジア学会賞にふさわしいものと評価することで審査員全員の意見の一致を見た。

拓 徹「カシミールの禁酒運動はどう伝えられたか ―1980年代初頭インドの新聞報道とセキュラリズム―」、『南アジア研究』第25号、2013年
 本論文は、カシミール(カシュミール)・ムスリムによる禁酒運動についての新聞報道から、1980年代インドにおけるセキュラリズムの複雑な様相を解明している。『タイムズ・オブ・インディア』のような一般にセキュラーとみなされている全国紙とカシミール地方紙の両者において、禁酒運動に関する報道が、一見セキュラーに見えるものの実はセキュラリズムの名においてコミュナルな方向を向いている、すなわちマジョリティ・コミュニティが無意識のうちにコミュナリズムを持ち合わせている(マジョリタリアニズム)という危険な現象を解き明かしている。禁酒運動をあくまでセキュラーな運動として報道するカシミール地方紙やそのために酒店の経営が苦しくなるヒンドゥー教徒への同情を示す全国紙といった具合である。著者は、こうしてコミュナル意識が醸成され、結果としてインドの主流の新聞が、カシミールのムスリム・マジョリティを「セキュラーな市民」に含めるチャンネルを失わせることになってしまったと指摘し、それがその後の過激派による分離主義ゲリラ紛争へ移行する方向へと導くことになったと結論している。
 カシミールの分離主義運動が激化する契機の一つとして新聞報道の言説に注目し、そこからマジョリティ・コミュニティのコミュナリズム化の危険性を説くという着眼は非常に興味深い。資料の新聞も丹念に読み込んでいる。欲を言えば、報道を中心テーマに据えているため、専ら新聞を資料に用いているが、現地の人間などが新聞報道をどのように捉えていたかについても、さらに踏み込んだ調査が可能であったかもしれない。また、全国的な政治のコミュナル化、会議派のアイデンティティ政治への傾斜など、インド全般の政治の動きとの関係がもう少し考慮されたならば、より普遍的な問題へと展開できたかもしれない。
 以上により、本作品をその水準、潜在的可能性等に照らし、日本南アジア学会賞にふさわしいものと評価することで審査員全員の意見の一致を見た。

 

2013年度(第4回)日本南アジア学会賞の受賞者発表

広島大学で開催された第26回大会の会員総会におきまして、3名が学会賞を受賞しました。おめでとうございます。

  • 井田克征
    “The Concept of Bhakti in the Tantric Tradition”, in Shima, Iwao, Teiji Sakata, and Katsuyuki Ida (eds.), The Historical Development of the Bhakti Movement in India: Theory and Practice, Delhi: Manohar, pp. 113-130.
  • 木村真希子
    “Ethnic Conflict and Violence Against Internally Displaced Persons: A Case Study of the Bodoland Movement and Ethnic Clashes”, International Journal of South Asian Studies, Vol.5, 2013, pp. 113-129.
  • 野村親義
    “Development of Labour Management System of Industrial Enterprise in Colonial India: A Case Study of the Tata Iron and Steel Company”, in International Journal of South Asian Studies, Vol.3, 2010, pp. 101-145.

【受賞式の模様(2013年10月5日)】

審査委員長による
受賞者発表と講評
井田氏木村氏野村氏

2013年度(第4回)日本南アジア学会賞の授賞理由

第4回日本南アジア学会賞は、次の3作品に対して授与されました。
以下に、それぞれの作品について、授賞理由を公表いたします(アイウエオ順)。

Katsuyuki IDA, “The Concept of Bhakti in the Tantric Tradition”, Shima, Iwao, Teiji Sakata and Katsuyki Ida eds., The Historical Development of the Bhakti Movement In India: Theory and Practice, Delhi: Manohar, 2011, pp.113-130.

シャークタ派を含むタントリズムにおけるバクティの問題を考察した論攷である。タントリズムと教理的に必ずしも強い結びつきをもたない「バクティ」が、どのような形でタントリズムに影響を与え、また整合的に受容されたかという問題について、「グル・バクティ」というキー概念を取り上げ、バクティの対象を神からグルに転換しグルへのバクティを強調するという形で受容が図られるに至る論理構造と思想史的・宗教史的意義を考察している。したがって、翻訳と解釈を主体とする文献学的研究というより、文献的事実を踏まえた思想的・思想史的考察と見なすべき論文であり、論理構造は極めて明晰である。シャイヴァ・タントラのテクスト上の諸問題については最新の研究が参照され、また文化人類学者の所説にも考慮が払われるなど、当該分野に関わる先行研究が広範に渉猟・吟味されている。

そもそもこの分野の研究者は稀少であり、テーマの重要性にも鑑み、独創性と学界への貢献度には高いものが認められる。また、テクスト研究が進捗していない本分野では、テクストの批判的研究が何より待たれるところである。この点に由来する論理の緻密さに若干の課題は残るものの、それを差し引いても論証における実証性は高いと判断される。

日本の学界では、バクティの研究が、サンスクリット文献による研究と近代語の資料による研究に事実上二分されており、成果の止揚が図られにくい構造上の難点を抱えている。日本におけるインド中世思想史研究が、仏教も含めた古典研究に偏重してきた現実もある。さまざまな意味で結節点に位置する本論文から、このような資料的・時代的ギャップを克服し、将来的にシャークタ派、シャイヴァ・スィッダーンタ派などにおける同種の概念の研究へと進展する潜在的可能性を感じとることができる。その意味で今日的意義は大きい。

本論文は、故島岩前金沢大学教授を筆頭とし、井田氏本人を含む計3名の共編になるThe Historical Development of the Bhakti Movement In India: Theory and Practice(日本南アジア学会英文叢書、全299頁)に収載されたものであり、今回の井田氏の評価には同書の共編者としての業績も加味されることになる。14本の論文から成る本書は、把握されるだけで、日本南アジア学会の英文誌International Journal of South Asian Studies(vol.15)に米国コロンビア大学のJohn Stratton Hawley氏(北インドのバクティ研究)による書評が、Religious Studies(vol.39)には米国デニソン大学のJohn E. Cort氏(ジャイナ教研究)による書評が掲載されており、『宗教研究』(第86巻第1輯)にも東京大学の高橋孝信氏(タミル文学)による詳しい「書評と紹介」が掲載されている。井田氏の当該論文を含め概して好意的な論調が目立っている。

以上により、井田克征氏の対象業績(当該論文、及びそれを含む共編著)は日本南アジア学会賞(平成25年度)に値するものであると評価される。

井田氏は、2012年2月に単著『ヒンドゥータントリズムにおける儀礼と解釈―シュリーヴィディヤー派の日常供養-』(昭和堂)も上梓するなど、文献に加え現地調査も採り入れた研究成果の発信に積極的に取り組んでおり、今後とも学界への貢献が嘱望される。より一層の活躍を期待するものである。

Makiko KIMURA, ‘Ethnic Conflict and Violence Against Internally Displaced Persons: A Case Study of the Bodoland Movement and Ethnic Clashes,’ International Journal of South Asian Studies, Vol.5, 2013, pp.113-129.

本論文は、アッサム州のボドランド紛争における国内難民の問題を、現地調査でのインタビュー等で得た資料を駆使して分析したものである。北東インドは独立以来分離独立運動や反政府運動が散発的に続いているが、本稿は1990年代半ばから武装闘争が激しくなったボドランド紛争に焦点をあて、紛争によって生じた国内難民(Internally Displaced Persons=IDPs)のその後の状況を分析した上で、紛争の根源を追求している。

著者によれば、1990年代半ばからのボド紛争で約30万人、また同様の武力紛争によって1990年代から2011年の間に総計で約80万人のIDPsが出ている。その難民もエスニック的には、ボド民族、ムスリム、先住民族(Adivasi)など多様で、また元々の居住地が課税地であるか、許可された森林地であるか、あるいは政府保留森林地への無許可の「侵入」であったか、などによって帰還の状況が大きく異なるという。そして「侵入者」の多くはムスリムや先住民族であり、彼らの多くは現在に至るまで帰還できていないという。その理由はボド民族による武力攻撃と政府、行政側の政策によるものとしている。インド政府は2003年の第二次ボド合意後、国内難民にリハビリのための支度金を支払うなどして難民帰還に成功したと宣言しているが、著者の分析では、実態は大きく異なり、特にムスリムと先住民族の状況が極めて厳しい、しかもその差別待遇の奥には選挙をめぐる諸政党の思惑もあり、究極的にはこうした紛争の処理の仕方がインド民主主義への国民の信頼を根底から揺れ動かしかねないと警告している。

本論文が評価されたのは、以下の理由による。第1に、本論文は、政府が「成功」と宣言したIDPsの帰還問題に関して、複雑なエスニック構成の側面に着目して、その問題点を指摘しているが、その問題意識、発想、アプローチが独創的である点が評価された。第2に、著者が2010年8月と2011年3月に自ら現地調査を行い、多くの聴き取りを行っている点である。そこで得たオリジナルの資料は極めて貴重である。第3に、論文構成、論理の展開に一貫性があり、説得力があると認められた。第4に、北東部の民族問題、しかも国内難民の帰還という限定されたテーマを扱っているにもかかわらず、それが単なる状況や紛争の経緯の説明に終わることなく、インド民主主義という広い文脈の中に位置づけられている点である。

以上の利点に対し、本論文の弱点も指摘された。第1に、帰還を困難にしている理由として著者は2点、すなわちボド民族によるムスリムや先住民族への直接的暴力の問題と、政府・行政側による無関心、無作為、あるいはムスリムや先住民族に対する差別的政策を指摘し、後者を構造的暴力と呼んでいるが、構造的暴力とは一般に主体の見えない社会に内在する矛盾を意味しており、この場合政府の態度や政策を構造的暴力と呼ぶことが適切であるかは疑問である。第2に、紙面の制約があるとはいえ、著者が現地調査で取得した多くの資料をもっと有効に利用できたのではないかとの指摘もなされた。いくつかの発言は本文の中で紹介されているが、どれだけの人間に聴き取りを行ったのか、またそれらの意見の中に相違点や矛盾もあったはずで、そうした著者自身が入手した資料をもっと多く紹介し、また利用もできたのではないか、と思われる。

こうしたいくつかの問題点はあるものの、問題意識、資料収集の努力、論文構成と論理の展開などに鑑みるならば、本論文は日本南アジア学会賞を受賞するにふさわしい論文であるということで意見の一致をみた。今後、著者の研究のさらなる発展に学会として期待したい。

Chikayoshi NOMURA, “Development of Labour Management System of Industrial Enterprise in Colonial India: A Case Study of the Tata Iron and Steel Company,” International Journal of South Asian Studies, Vol.3, 2010, pp.102-145.

本論文は、植民地期インドにおいて、タタ製鉄(TISCO)が効率的な労働者管理システムの追求を、間接的労務管理から直接的労務管理への移行という方向性の中で模索した過程を実証的に考察したものである。

一国の工業化、そして、企業の発展にとって、効率的労務管理制度を構築することの重要性はよく知られており、植民地期インドについてもかなり厚い研究の蓄積がある。著者は、先行業績の周到なサーヴェイを通して5つの問題領域を抉りだし、本稿においては、その内の2つ(労務管理制度の未成熟と職工長の職業経歴)について、タタ製鉄の内部資料などに基づいて説得的な考察を行い、明確な結論を導いている。

植民地期インドの労務管理制度として職工長による間接的システムが採用された理由として、先行諸研究は労務管理を内部化することに伴うリスクの回避を指摘してきたが、著者は、TISCOの創成期には4000名近い工場労働者の雇用が必要であった為に、そのように膨大な労働者の情報を当時の経営陣が管理することは不可能であり、その為に熟練した一定数の職工長(jobberまたはsardar)を通して労働者を管理することが現実的解決策であったことを指摘する。しかし、1920年代にTISCOの大拡張計画が実施される中で、雇用労働者が激増したが、それに対応した熟達した職工長を十分に確保できず、工場現場における事故の多発と労働生産性の低下という事態を招いた。おりしも、インド経済は激しいインフレに見舞われており、その結果、実質賃金が低下したので、労働者の不満が募り、深刻なストライキが起こり、さらなる生産性の低下が生じた。こうして、間接労務管理制度では効率的経営、生産性の維持、利潤獲得が困難となった為に、直接的労務管理制度が導入されることになった。具体的には、労務管理事務局(Bureau of Labour)が設置され、そこを通して労働者の考査、待遇改善などが図られた。この管理事務局は、3万人を超える労働者の管理を行うことが期待されたが、スタッフの不足に悩まされ、結局、経営陣からも労働者からも十分な信頼を得るには至らなかった。こうして、筆者は、直接労務管理制度が採用されたとはいえ、それは効率的に機能していたとはいえなかったと結論付ける。

さて、本稿は、TISCOの労務管理において重要な役割を担った職工長の前職について、同時代の所内報の記事の分析を通して明らかにしている。それによれば、職工長は1910年代初の139名から1920年代初には598名へと著増しているが、かれらは、鉄道職員、政府役人、建設事務所などで経験を積んだ人々であった。植民地期インドにおいて傑出した民族系企業であったTISCOが成功するためには、このように様々な業種や職場における人材の育成が不可欠であったのであり、逆にいえば、TISCOといえども同時代インドの一般的産業水準や制約から自由ではなかったことになる。

以上の要約に明らかなように、しっかりした先行業績のサーヴェイにから導かれた創成期のインド製鉄業(特に、タタ製鉄)の労務管理制度に関する2つの問題領域について、本論文は、TISCOの貴重な内部資料(所内報や年次報告書など)を駆使して綿密に分析し、従来、明らかにされてこなかった具体的な知見をもたらしており、国際的にも高く評価されるべき水準の論考であると評価できる。また、著者は本稿の他にも、植民地期TISCOの経営問題に関して、一連の研究を発表しつつあり、それらを通してTISCOの経営問題の全容が明らかにされていくであろうことが期待される。

以上の理由から、本委員会は本論文に学会賞を授与することが適切であると判断する。

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2011年度(第3回)日本南アジア学会賞

第3回南アジア学会賞は、候補作品を選考した結果、残念ながら授賞に該当する作品なしということになりました。

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2009年度(第2回)日本南アジア学会賞

第2回日本南アジア学会賞は、次の2作品に対して授与されました。
以下に、それぞれの作品について、授賞理由を発表します(名前のアイウエオ順)。

授賞理由

馬場紀寿
『上座部仏教の思想形成—ブッダからブッダゴーサへ』春秋社、2008年

本書は、上座部仏教の伝統教学の体系化に大きな影響力を与え、以後のスリランカ、東南アジア大陸部の上座部仏教の路線を確立した、5世紀の仏教学匠ブッダゴーサの教学の形成をパーリ経典資料の比較分析という方法論をもちいて精密に跡づけた非常に水準の高い研究である。とりわけ、経蔵への註釈文献を<注釈古層>・<注釈新層>に分類し、ブッダゴーサ自身が先行資料に対しておこなった編集作業を綿密に検討した仕事はこれまでの内外の研究にない手法であるといってよい。これまでに積み重ねられた多数のパーリ仏教資料の研究史を踏まえた上で、新しいテクスト分析手法の導入によってブッダゴーサが打ち出した新視点を浮き彫りにすることに成功した画期的な研究であることは疑いない。ブッダゴーサ研究史の上で大きな展開点になる優れた研究である。視野をパーリ経典資料内に限定しているが、厖大な資料を堅実な分析手法と確かなパーリ語の読解力によって検討した文献学者としての力量には高い評価が与えられる。また、従来の研究史にもきわめてバランスよく目配りがなされていることは馬場氏の研究に安定感を与えている。若手の優れた研究者として今後の研究展開を大いに期待したい。
広義のインド文献学の一分野であるパーリ文献学の近年の大きな業績として高い評価を与えるものである。

宮本万里
「森林放牧と牛の屠殺をめぐる文化の政治― 現代ブータンの国立公園における環境政策と牧畜民―」
『南アジア研究』 第20号、2008年12月

本論文では、環境保護で有名なブータンの政策と牧畜民の関係が、多様な価値をもつ複数のアクターの交渉の過程として立体的に捉えられる。また当事者の価値観が、政策の担い手、受け手などの中でも一枚岩でなく、複雑な関係・交渉の中にある点も明晰に分析される。主なアクターとして取りあげられるのは、ある牧畜村(S村)の村人、森林局国立公園・そのスタッフ(森林保護管)、畜産局・その駐在員、仏教僧(集団)などである。アクター相互の関係・交渉と変化は、各当事者の通時的変化を含む簡潔な記述とともに、ブータン政府の環境保護に関する言説との関連性のなかで明らかにされる。

著者によれば、ブータン政府の「上からの環境主義」の言説は、グローバルな環境保護の潮流のなかで、ブータン人を、全ての生き物を憐れみ尊重する敬虔な大乗仏教徒、本質的に自然を守り育てる生活文化を持つもの、と描き出してきた。しかし、政府や援助機関が想定する「環境にやさしいブータン人」像は国民にそのまま受け入れられているわけではなく、また、実際に行われる環境保護政策は、自然資源利用の科学的(西洋的)管理であり、必ずしも仏教的価値とは合致しない、とされる。村の人々は、そのような政策・「環境にやさしい」生活様式のモデルを自らの生活・価値観に添って読み替えつつ引き受けてきた。しかし、村人もまた一枚岩ではなく、そこにも相互に折り合いを付ける行動があらわれる。これらの錯綜した関係・交渉のあり方を分析するのが本論文の中心部である。

ブータン政府の環境保護政策は90年代後半以降急速に具体化し、牧畜民による森林放牧は自然環境への脅威とされた。S村は今世紀に新設され、近年、移動放牧と季節的移住を組み合わせるブータンの主流の生活様式をもつに至った村である。その変化にほぼ並行した時期に、この地域は国立公園とされ、人間活動を森林内から排除する方向性をもつ規制と管理が始まった。畜産局も足並みを揃え、造成放牧地での定着型の酪農牧畜、品種改良、「不必要な牛」の選別・処分による頭数削減などが奨励された。

近年のブータンでは、国の僧院機関や私設の僧院集団から派遣された僧侶が遠隔地の村々を巡回しつつ説法を行い殺生の罪深さなどを説いている。牛の頭数削減は、それ自体、畜牛頭数の多さが世帯の経済力を示すという村人の観念と食い違うが、「不必要な牛」の選別・処分は(森林保護管や畜産局駐在員が屠殺を明言・強制しないにも拘わらず)屠殺を意味すると認識されている。村人にとっては「自然環境保護=牛を殺すこと」で、「自然環境の保護者」となることと「よき仏教徒」であることは二律背反する価値となっている。

そのなかでS村の人々は、譲渡した牛の屠殺に遭遇するという出来事を契機に、屠殺忌避合意を再確認し、牛の供養を行うようになり、そこには、それまで政府に協力的だった村代表まで加わるようになる。村人の価値の揺れは「よき仏教徒」である方向に収斂していったのである。他方、政府は畜牛削減施策を強化する「育成センター」を設けつつ「屠殺」を人々の目から覆い隠す方向をとる。

この事例について著者は、ブータンの環境保護政策は一枚岩ではなく、多元的価値の交渉の場であること、また、その自然環境保護とは、ブータン政府が言説化してきたように仏教信仰と調和した形で自立的に存在するのではなく、多元的な価値の連関と交渉の過程の総体として立ち現れていると論じる。また結論部では、「牛の屠殺」をめぐるポリティックスを、村人が仏教信仰という価値を味方につけて環境保護というグローバルな価値との交渉を試みる過程であると同時に、政府によって描かれた「環境にやさしい生活」あるいは「正しいブータン人」像に対する、人々からの問い直しと再構築の過程であると捉える。

このように、フィールドワークを基礎にして、森林放牧と牛の屠殺を中心に据え、文化の政治の視点からブータンの環境保護に関わる諸価値を背負った人々の関係を分析した本論文は、明晰な資料提示・分析と説得的な議論展開をもち、文化人類学、環境研究、政策分析などに貢献すると考えられる。

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2007年度(第1回)日本南アジア学会賞

日本南アジア学会は、20周年を記念して日本南アジア学会の学会賞を制定いたしました。
選考委員会の選考の結果、以下の会員の方々の研究成果に対して、第1回の学会賞を授与いたしました。(名前のアイウエオ順)

  • 片岡 啓
    『古典インドの祭式行為論 Sabarabhasya & Tantravarttika ad 2.1.1-4 原典校訂・訳注研究』山喜房佛書林、2004年
  • 佐藤隆広
    『経済開発論』世界思想社、2002年
  • 堂山英次郎
    「リグヴェーダにおける1人称接続法の研究」『大阪大学大学院文学研究科紀要』45-2、2005年
  • 中島岳志
    『ナショナリズムと宗教:現代インドのヒンドゥーイズムとナショナリズム運動』春風社、2005年